あ゛〜、今日はよく働いた(>Σ<)限界ギリギリまで頑張った。
今は肉体労働のサービス業、始めてから丸6年になるが自分には合っている仕事だと思う。
私のサービス業歴は長い…高校一年の頃にファーストフードのロッテリアのバイトから始まって、ファミレス、喫茶店、居酒屋、バー、パーティーコンパニオン、小料理屋、料亭…飲食のサービス業はほぼ制覇している。なので、接客に関してはとても気になる…。あまりの接客態度の悪さに腹立たしいを通り越して、呆れることもある。でも、それを注意してあげる勇気はまだ無い(>_<)そして、それは反面教師になっている。我が身を振り、自分はお客様に不快な思いをさせてはいないだろうか?と考えるきっかけともなる。たまーに、ロボットのように事務的な接客をする人がいるが、ロボット的にまでなると私の脳が人としてではなくロボットとして認識するせいもあって、それほど不快感は感じ無い。事務的でも、愛想が良くても、心無い・・と感じるときは不快感を感じる。接客する側は、どうしても自分が非常に疲れているときは、心無くなりがちなので、気をつけなければいけない。
逆に、さわやかな笑顔で心ある接客をされることもある。そんな時は、それだけで気分が良くなるものだ。
全国の接客業に携わる皆さん!あなたの笑顔と心を込めた接客は、お客様を幸せにすると思うと、嬉しくはありませんか?
明日も笑顔で行きましょう!!
今は肉体労働のサービス業、始めてから丸6年になるが自分には合っている仕事だと思う。
私のサービス業歴は長い…高校一年の頃にファーストフードのロッテリアのバイトから始まって、ファミレス、喫茶店、居酒屋、バー、パーティーコンパニオン、小料理屋、料亭…飲食のサービス業はほぼ制覇している。なので、接客に関してはとても気になる…。あまりの接客態度の悪さに腹立たしいを通り越して、呆れることもある。でも、それを注意してあげる勇気はまだ無い(>_<)そして、それは反面教師になっている。我が身を振り、自分はお客様に不快な思いをさせてはいないだろうか?と考えるきっかけともなる。たまーに、ロボットのように事務的な接客をする人がいるが、ロボット的にまでなると私の脳が人としてではなくロボットとして認識するせいもあって、それほど不快感は感じ無い。事務的でも、愛想が良くても、心無い・・と感じるときは不快感を感じる。接客する側は、どうしても自分が非常に疲れているときは、心無くなりがちなので、気をつけなければいけない。
逆に、さわやかな笑顔で心ある接客をされることもある。そんな時は、それだけで気分が良くなるものだ。
全国の接客業に携わる皆さん!あなたの笑顔と心を込めた接客は、お客様を幸せにすると思うと、嬉しくはありませんか?
明日も笑顔で行きましょう!!
陽が長くなりました。
7時でもまだ空が明るいなんて(^w^)ちょっと嬉しいですね。
空を見るのは大好きです。まだ故郷に住んでいた頃、よく空を見上げていました。郊外に住んでいて更に郊外に向かって通勤していたので、遮るビルなんか何も無くて、空が広いのです!!(東京の空はビルだらけで空が狭くてびっくりした。)
刻々と移り変わる空の色のグラデーション…形を変えて行く雲を眺めているだけで幸せでした。中でも彩雲といって薄い雲が淡いピンクや水色に薄っすらと色付いている雲を見た時は、感動しました。虹に匹敵する、と私は思います。
空は自然の美術館です。
その頃にはもう人間改造講座(山口修源氏編纂)を始めていた。私が講座を始めたきっかけは、自分のどうしようもない部分を変えたかったから。我が儘勝手で、無責任で、20歳を過ぎても大人になれずに生きてきた私は、少しの(その時の自分にとっては大きな)壁に挫折を繰り返して来た。その頃から十数年経っているが、明らかに変わった。内面的な変化も大きいが、大事なところで挫折しなくなった。わかりやすいところでは、仕事が長続きしなかったのが長続きするようになった。この変化は、大きい。もしも、どうしようもない部分を変える努力をしなかったなら、少しずつ坂道を下るような人生になっていたことだろう。でも、今は人生プラスに向かって少しずつ変化している。明日も真面目に働こう。
7時でもまだ空が明るいなんて(^w^)ちょっと嬉しいですね。
空を見るのは大好きです。まだ故郷に住んでいた頃、よく空を見上げていました。郊外に住んでいて更に郊外に向かって通勤していたので、遮るビルなんか何も無くて、空が広いのです!!(東京の空はビルだらけで空が狭くてびっくりした。)
刻々と移り変わる空の色のグラデーション…形を変えて行く雲を眺めているだけで幸せでした。中でも彩雲といって薄い雲が淡いピンクや水色に薄っすらと色付いている雲を見た時は、感動しました。虹に匹敵する、と私は思います。
空は自然の美術館です。
その頃にはもう人間改造講座(山口修源氏編纂)を始めていた。私が講座を始めたきっかけは、自分のどうしようもない部分を変えたかったから。我が儘勝手で、無責任で、20歳を過ぎても大人になれずに生きてきた私は、少しの(その時の自分にとっては大きな)壁に挫折を繰り返して来た。その頃から十数年経っているが、明らかに変わった。内面的な変化も大きいが、大事なところで挫折しなくなった。わかりやすいところでは、仕事が長続きしなかったのが長続きするようになった。この変化は、大きい。もしも、どうしようもない部分を変える努力をしなかったなら、少しずつ坂道を下るような人生になっていたことだろう。でも、今は人生プラスに向かって少しずつ変化している。明日も真面目に働こう。
5月某日、江の島に出かけた。江の島に行くのは二度目だが、今回は友人と二人旅であったので、ガイドブックを購入してプランを立てた。こんな風に、きちんとプランを立てて出かけたのは久しぶりであった。
由比ガ浜辺りに宿泊し、目覚めると天気予報の予想通りの雨だった。雨の海岸に出て、海を感じた。海岸に打ち上げられている小さな鮫の亡骸・・・頭上には、とんびが悠然と飛んでいる。日常、見慣れない風景に、「おーっ・・」と驚きの声を上げずにはいられなかった。
しばし海岸で過ごした後、江の電に乗って江の島に向かった。
まずは新江の島水族館へ・・・。買ったばかりのデジカメはフル稼働、泳いでいる魚を写真に撮るのは難しい、ムービーの方が後で見ても楽しめると思った。いろんな珍しい魚もいて、おもしろい。意外にもいわしの群れが、とてもきれいでした。魚達よりも、私は水槽に光が差し込み、きらきらと輝いている様子が美しく、ついつい見とれてしまっていました。今度行く時は、デジカメは持たずに行こうかな、と思いました。デジカメを持っていくと、デジカメを撮ることに熱中してしまうので・・・。
いざ、江の島へ・・・目的地は江の島岩屋、洞窟があるところだ。数年前に訪れたときにはエスカー(長い有料エスカレーター)を使ったので、今回は使わずに行ってみよう。
ここは・・・昭和???新しい感じの店も少しあるが、昔ながらの店がたくさん残っていて、なんと言うか・・全体が、今の時代から遡ること三十年くらいであろうか。画面がやたらと暗かった昔の日本映画のような、金田一何とかが出てきて、事件が起きそうな・・・不思議な、怪しい感じのする島だ。民家の横の細い路地を通り、神社の脇を抜けて、階段を下りる。階段そばの食堂のお姉さんが呼び込みをしていたが、このお姉さんも昭和から出てきたような人だった。階段を下りきって、少し歩くと洞窟の入り口だ。洞窟には入らずに、海の近くまで行こうと思っていたのだが、海の近くの岩場は立ち入り禁止になってしまっていた。とても残念だ。引き返して、階段を少し上がったところで、海に向かって立ち、両手を広げた。海の・・・波のエネルギーを、風のエネルギーを全身に感じた。ほんの少し、野生に戻った気がした。
帰り道はまず、急な階段をのぼらねばならない、足を怪我した黒猫と目が合った。私達が階段を上がると、黒猫がついてくる、なんだかとっても可愛くて、階段を上がる苦しみを感じずにすんだ。黒猫くん有難う。江の島は猫島だ。やたらと、猫がいる。どうも、野良猫らしいが・・・。
今、思い出しても不思議な雰囲気のする島、江の島。一人で行くのはちょっぴり怖いけど、今度は晴れた日にでも行ってみようか・・・。
由比ガ浜辺りに宿泊し、目覚めると天気予報の予想通りの雨だった。雨の海岸に出て、海を感じた。海岸に打ち上げられている小さな鮫の亡骸・・・頭上には、とんびが悠然と飛んでいる。日常、見慣れない風景に、「おーっ・・」と驚きの声を上げずにはいられなかった。
しばし海岸で過ごした後、江の電に乗って江の島に向かった。
まずは新江の島水族館へ・・・。買ったばかりのデジカメはフル稼働、泳いでいる魚を写真に撮るのは難しい、ムービーの方が後で見ても楽しめると思った。いろんな珍しい魚もいて、おもしろい。意外にもいわしの群れが、とてもきれいでした。魚達よりも、私は水槽に光が差し込み、きらきらと輝いている様子が美しく、ついつい見とれてしまっていました。今度行く時は、デジカメは持たずに行こうかな、と思いました。デジカメを持っていくと、デジカメを撮ることに熱中してしまうので・・・。
いざ、江の島へ・・・目的地は江の島岩屋、洞窟があるところだ。数年前に訪れたときにはエスカー(長い有料エスカレーター)を使ったので、今回は使わずに行ってみよう。
ここは・・・昭和???新しい感じの店も少しあるが、昔ながらの店がたくさん残っていて、なんと言うか・・全体が、今の時代から遡ること三十年くらいであろうか。画面がやたらと暗かった昔の日本映画のような、金田一何とかが出てきて、事件が起きそうな・・・不思議な、怪しい感じのする島だ。民家の横の細い路地を通り、神社の脇を抜けて、階段を下りる。階段そばの食堂のお姉さんが呼び込みをしていたが、このお姉さんも昭和から出てきたような人だった。階段を下りきって、少し歩くと洞窟の入り口だ。洞窟には入らずに、海の近くまで行こうと思っていたのだが、海の近くの岩場は立ち入り禁止になってしまっていた。とても残念だ。引き返して、階段を少し上がったところで、海に向かって立ち、両手を広げた。海の・・・波のエネルギーを、風のエネルギーを全身に感じた。ほんの少し、野生に戻った気がした。
帰り道はまず、急な階段をのぼらねばならない、足を怪我した黒猫と目が合った。私達が階段を上がると、黒猫がついてくる、なんだかとっても可愛くて、階段を上がる苦しみを感じずにすんだ。黒猫くん有難う。江の島は猫島だ。やたらと、猫がいる。どうも、野良猫らしいが・・・。
今、思い出しても不思議な雰囲気のする島、江の島。一人で行くのはちょっぴり怖いけど、今度は晴れた日にでも行ってみようか・・・。
エーッ…(*_*)そういうこともあるんだ…。
先日の山口修源氏の観相ご講義は、いつにもまして衝撃的だった。自分自身では考えもつかない事だった。
また、自分の人を見る目の無さを実感した。ついつい先入観で見てしまうのと、狭い価値観でしか考えられないからではないか、と思った。
でも面白い…とても興味深い…、そして、時々笑えない。笑えないのは面白くないからではなく、我が身を振り返ると笑い事に出来なくなるのだf^_^;
内容を思い返して見ても、やはり面白い。そして、何だか元気にもなった。「また頑張ろう!」そんな気持ちだ。
今日、仕事場の近くのマンションの1階、不動産屋さんの軒下に燕の巣を発見した。仕事に行く楽しみが増えた。
先日の山口修源氏の観相ご講義は、いつにもまして衝撃的だった。自分自身では考えもつかない事だった。
また、自分の人を見る目の無さを実感した。ついつい先入観で見てしまうのと、狭い価値観でしか考えられないからではないか、と思った。
でも面白い…とても興味深い…、そして、時々笑えない。笑えないのは面白くないからではなく、我が身を振り返ると笑い事に出来なくなるのだf^_^;
内容を思い返して見ても、やはり面白い。そして、何だか元気にもなった。「また頑張ろう!」そんな気持ちだ。
今日、仕事場の近くのマンションの1階、不動産屋さんの軒下に燕の巣を発見した。仕事に行く楽しみが増えた。
へーっ!!ほぉっ・・。はぁ・・・?そーなんだぁー。
観相の講義を受けている時の、私の頭の中の声の一部である。
受けている時の私の目は子供のように輝いている!!(に違いない!?)
だって、とーっても、すごく、なまら、おもしろいのだ。
今年に入ってから、山口修源氏の観相の講義を受けられる機会に恵まれた私はとても幸運である。
観相を知るという意味でもとても勉強になるし、わたしにとってはものの考え方としてももの凄く勉強になる。もしも学校の先生が氏のような方であったなら、どんなにか勉強がおもしろかっただろうか・・・そして、さぞかし成績も良かった???・・・かもしれない?と思うところである。
学生の頃は、本当に勉強をしなかった。高校生の頃も、中間とか期末といった大きなテストの前の日だけ3教科くらいのうちの1教科の好きな教科を選びやったくらいのものだ。当然成績もクラスで下から数えて何番目かだった。数学は特に嫌いで、時間がたくさん余るので、一度は数学が嫌いだということを答案用紙の裏に作文のように書いたこともあった、困った学生だった。その中でも古文と国語だけは好きだった。でもそれ以上に、体育と音楽と美術が好きだった。でも、それよりアルバイトの方が楽しかった。
そんな私がなにを思ったのか、高校三年生の1学期だけは勉強に目覚めたことがあった。
確か、推薦で短大に行くのに、1学期の成績で決まる、というのがきっかけだった。その時が学生時代で最初で最後の勉強する機会であった。勉強の面白さも実感した。成績もクラスで2番にまでなったのだ・・・。嬉しかった。
でも、その喜びも、残念ながら、長くは続かなかった。
夏休みを控えたある日、体育の授業で思いっきり飛び込み前転をしたら・・・圧迫骨折で、一ヶ月くらい入院することになったのだ。最初は勉強ぐせがついていて、張り切って勉強したり、本を読んだりしていたのだが・・・。だんだんと、精神が腐って行き・・・、退院してからも、日に焼けた友人たちがキラキラと青春しているのを横目に、真っ白で、動かないのに差し入れのアイスなどをたくさん食べて、ぶよぶよしてしまっていた私は、すっかりと学校もさぼりがちになり、出席が危うくなりながら、何とか卒業を迎えた。
勉強をしないと勉強の仕方がわからないので、大人になってからも困ることがある。学生の頃は真面目に勉強するべきだ、とつくづく思う。でも、今からでも頑張ろう。
観相の講義を受けている時の、私の頭の中の声の一部である。
受けている時の私の目は子供のように輝いている!!(に違いない!?)
だって、とーっても、すごく、なまら、おもしろいのだ。
今年に入ってから、山口修源氏の観相の講義を受けられる機会に恵まれた私はとても幸運である。
観相を知るという意味でもとても勉強になるし、わたしにとってはものの考え方としてももの凄く勉強になる。もしも学校の先生が氏のような方であったなら、どんなにか勉強がおもしろかっただろうか・・・そして、さぞかし成績も良かった???・・・かもしれない?と思うところである。
学生の頃は、本当に勉強をしなかった。高校生の頃も、中間とか期末といった大きなテストの前の日だけ3教科くらいのうちの1教科の好きな教科を選びやったくらいのものだ。当然成績もクラスで下から数えて何番目かだった。数学は特に嫌いで、時間がたくさん余るので、一度は数学が嫌いだということを答案用紙の裏に作文のように書いたこともあった、困った学生だった。その中でも古文と国語だけは好きだった。でもそれ以上に、体育と音楽と美術が好きだった。でも、それよりアルバイトの方が楽しかった。
そんな私がなにを思ったのか、高校三年生の1学期だけは勉強に目覚めたことがあった。
確か、推薦で短大に行くのに、1学期の成績で決まる、というのがきっかけだった。その時が学生時代で最初で最後の勉強する機会であった。勉強の面白さも実感した。成績もクラスで2番にまでなったのだ・・・。嬉しかった。
でも、その喜びも、残念ながら、長くは続かなかった。
夏休みを控えたある日、体育の授業で思いっきり飛び込み前転をしたら・・・圧迫骨折で、一ヶ月くらい入院することになったのだ。最初は勉強ぐせがついていて、張り切って勉強したり、本を読んだりしていたのだが・・・。だんだんと、精神が腐って行き・・・、退院してからも、日に焼けた友人たちがキラキラと青春しているのを横目に、真っ白で、動かないのに差し入れのアイスなどをたくさん食べて、ぶよぶよしてしまっていた私は、すっかりと学校もさぼりがちになり、出席が危うくなりながら、何とか卒業を迎えた。
勉強をしないと勉強の仕方がわからないので、大人になってからも困ることがある。学生の頃は真面目に勉強するべきだ、とつくづく思う。でも、今からでも頑張ろう。



